大人っつーか、餓鬼っつーか 《3》





「えーっと、これ……は? ああ、なるほどな。こりゃ悪くねえな」
「リュウジ、前にこれ好きだって言ってたな。しかもちゃんと大人向け」
 まず適当に出したのは、食い物だった。
「まあな。コーラにも合うしな」
 コンビニのつまみコーナーに売ってるやつが入ってた。チーズ鱈と酢漬けイカの豪華セットだ。
 白いビニール袋の中に一緒にレシートも入ってたのは見ないでおくか。
 んで、次。
「って、ええっ? これっつーのは……」
「あはは。まあ、こういうのも――うん。いつかは要るかもね」
「そうか? 俺、こういうの、使わねえと拙いことになりそうか?」
 手にしたそれを眺めてると、若干心配になってくる。それはいわゆる育毛剤だ。
「さあ。でも、いいじゃん。そうなったとしたってオレは全然構わないし」
「……んじゃ、いい、のか」
 訊いたらハヤトが親指立てて俺にサインをくれたんで、まあ救われた。
 ってか、どきっとした。
 この先俺がおっさんになって、髪の毛ヤバくなってもハヤトは全然気にしねえでくれる、って言ってんだよな。
 ずっとずっとこうして一緒にいてくれんだよな?
 
「で、次は?」
「お、おう」
 うわあ、って小さくはない感動が来たんだけど、俺の向かいで目を輝かせてるハヤトにせっつかれて先に進むことになった。
 そこからふたりして見せてもらったあれこれは、笑えるもんやら嬉しいもんやら、ぎくっとして焦るもんやら、いろんなのだった。
「これはライターか。うん? 何か書いてあるな。どっかの店のか?」
「どれ? あ、それオレも持ってる。隣町のパチンコ――いや、何でもない。あはは」
「ってお前!!! 持ってるって何だよ!!!」
 逃げ腰で笑ってるハヤトに、俺としてはごく軽い制裁を加えてやった。そんな痛くねえはずなのに、こいつときたら。
「それで、こっちは何? 開けてみようか」
 誤魔化すっぽくハヤトが取り上げたのは、包装紙にくるまった小さい箱だった。
 開けてみたら、ゴルフボールの3個セットだ。
「なるほどね。ゴルフは大人のスポーツってことだ」
「だな。いつか使えっかもな」
 今の俺には想像つかねえけど、ゴルフとかやんのかな。将来。
「まあ、やったとしてもハヤトよか俺のが上手いのは間違いねえな」
「あ。言った? そんなの、わかんないじゃん。やってみないと」
「お? それ挑発してんのか?」
「どうかな。けど、オレだってけっこうできるかもよ?」
 ああ、確かにな。
 ひたすら体力勝負ってんだったら俺のが有利なんだろうが、こっちはもしかしたら集中力勝負ってとこがあるかも知れねえもんな。ハヤト結構、それなら強いかもな。
 言わねえけどな。わはは。
 
 次だ、次。今度のは袋の外側に並ぶ格好で入ってた、似たようなサイズのやつをまとめて取り出す。
「んで、これ……は、いや、こういうのもどうなんだ?」
「あーあ。ちょっと違うね、これは。リュウジの好みからすると」
「ええっ? 違うとか、お前わかんのかよ!!!」
「うん。似たようなのだったら、こっちのがいいんじゃない?」
「……ああ、まあ、そうか? いや、どうだろな?」
 たじたじになってハヤトに返すのが関の山の俺の状況を作ってるのは、大人向けの雑誌、いわゆるエロ本が何冊かだった。
 連中が考える大人向けってのは大概こういうもんなんだろう。それは俺にも理解できる。
 最初にハヤトが『俺の好みと違う』って評したのは、外人さんの裸の本だ。おっぱいでっけえ外人の姉ちゃんがやらしいポーズ写ってるるやつ。
 次の『こっちのがいいんじゃ』って言ったのは、コスプレものの雑誌らしい。ハヤトが女医さんコスチュームの写真に『おっ』てなったのを俺は見逃さなかったぜ? まったく。

「あ、でも。こっちがいいって言ったらちょっと嫌だな。オレ、貧相だし」
 ハヤトが拗ねるみたく言ったんで、より一層俺がたじたじにさせられた本は――そのう、アレだ。筋肉質なお兄ちゃんの写真で飾られた、男向けのやらしい雑誌。
 これくれたのが誰だか全然わかんねえけど、確実に冗談なんだろう。それはハヤトも解ってるとは思うんだが。
「あー、だから。そんな、どれだってあんま、用ねえって……の」
「そんなの、わかんないじゃん」
 ゴルフボールの時と同じことをハヤトは言った。
「家に帰ってひとりで見たら、すごく興奮するんじゃない?」
「だから!!! こんなん、使って……どーのこーのとか、そんな暇ねえっつーか。だってよぅ。ここんとこ、ハヤトが、いっつも……してくれてるし、実際一緒じゃなくっても、大概は夜、電話越しに、一緒に……とか、だろ?」
 あー、もう。言わされてるし。すげえ恥ずかしいっての!!!
 でもまあ、よしとするか。
 表情からするとハヤトの機嫌はどうやら直ったぽいしな。
「あ。うん。そっか。そうだね。リュウジ、電話だと反応かわいいんだよね」
「ば、馬っ鹿野郎!!!」
 殴ったらいいんだか怒鳴ったらいいんだかわかんなくて、結局両方しちまった。
 ……そうされんの解ってて言ったとしか思えねえんだけど、違うのか?

 そっからまた気を取り直して、連中が俺にくれた品々を広げてはハヤトと言葉を交わす時間が続いた。
「何だこれ。意外と重いな。って、ええっ? いや、焼酎とか……」
「いいな。リュウジ飲めないんなら置いてかない?」
「駄目だっての。置いてったらお前、飲む気だろ?」
「あ、バレたか」
「バレねえわけがねえっつーの。まったく。こういうのは保存できんだからな? きっちりあと3年とっとくぜ、俺は」
「そうか。じゃあ、解禁になったら一緒に飲ませて?」
「お……おう。そんなら、まあ、いいのか」
 って言ったらハヤトは嬉しそうに笑ってた。
 こういうの悪くねえな。ずっと先の約束っぽくて、悪くねえどころかすげえいい。

 妙ににやけそうになるのを追いやって次に行く。
「うん? 封筒?」
 見たら印刷されてる宛名の苗字部分は『田宮』ってなってる。苗字から隊の同期の奴が思い浮かんだ。下の名前には見覚えねえけど、田宮が持ってきたのか、これは?
 すでに開封された形跡があった。開いてるとこから指を入れて、中の紙を引っ張り出したところで驚いた。
「ええっ!!! こ、これってのは」
「何? どうかした?」
「いや、な? これ、さすがにもらえねえよな?」
 手許を覗き込んでるハヤトに封筒の中身を渡した。何でか触るのにも緊張すんだけど。
「え。選挙――? これ、投票所とかの整理券? 田宮の……これ、お父さんとお母さんの名前なのかな」
 ハヤトは今度は嬉しそうに、じゃなくて、力なく笑った。
「あはは。これはすぐに返さないとね。そもそもリュウジが持ってても使えないし、田宮家の人が確実に困るから」
「だよな? 朝んなったら速攻返しに行くわ。しかしびっくりしたぜ。何だって田宮の奴、こんなん持ってきてんだよ。なあ?」
「本当。確かに選挙権=大人、ではあるけど。田宮ってそんなにとぼけた奴だっけ?」
「お前にそう言われるってことは、あいつ相当とぼけてんだな。俺、認識足んなかったぜ」
「いや、それってどうなんだ? リュウジの中ではオレが基準?」
 当然頷かざるを得ないわけなんだが、ハヤトはがっかりした顔してた。
「ま、いいか。しょうがない。今日は誕生日の人が主役だから納得しとこう」
「お。お前って案外大人だな」
「うん。オレ、なにげにリュウジの好みに合ってるだろ?」
 ううう。なんか否定できねえし。
 最初っからハヤトは俺の好みすぎるわけだし。ちきしょう。

 どれ開けても笑えるし、笑ってる俺のこと見てハヤトが何か言うのに一緒に笑ったり、同意したり、時々本気でたまに冗談で拳握ったりとかしながらの作業になった。
 それも終盤に差しかかった。俺が持ってた袋のいっとう下に入ってた最後のいっこはこれだった。
「お。これ、多分ダイゴだな。順番的にも、あと入れてくれた時に見えた箱の大きさもこんなんだったし」
「どれ? ダイゴから何もらった?」
 ハヤトに手許を見られながら、俺は包装を開けてみる。サイズの割には案外軽い。
 出てきた教科書ぐらいのサイズの箱の正面には、城の写真が印刷されていた。
「城――姫路城? の、プラモデルか。これは」
「ああ、なるほど。城の模型。それは確かに大人向けだよね。ダイゴらしいチョイス」
「だな。つーか、これすげえ細かいんじゃねえか? 俺こんなん巧く作れる気がしねえな」
「あはは。それならオレだけじゃなくダイゴにも『子供向け』って答えたらよかったのに」
「そういう話じゃねえっての!!!」
 完璧からかう視線をくれてるのに、そういう挑発にうっかり乗っかる俺ってやっぱ餓鬼なんだよな……わかってんだよ、もう。
 
「で、これは?」
 ハヤトが持ってくれた方の袋から、残り少なくなってきたうちのひとつが取り出された。
 俺とノブオが行きつけにしてる本屋の紙袋を一目見ただけで想像がつく。しかも中身も大体予想できる。
「これな。多分ってか絶対、ノブオからだ」
 言って紙袋をがさがさやって、出てきたのは思った通りの本だ。
「ふうん。わかるんだ?」
「おう。こないだ話題にしてたからな」
 江戸時代? の、町人? が好んだ、娯楽作品? みてえなのを、人気の漫画家が今っぽく漫画にしたのがあるんだって、前に古文の教師が言ってたことがあった。
 授業中に教師が言ったのを適当に聞き流してたとこがあったんで伝えられたか微妙なんだが、そんなんを考え合わせてノブオが選んでくれたはずのもんだった。

 中をぺらっとめくったハヤトが言った。
「なるほどね。これってこういう作品だったんだ。オレ、日本史の教科書に出てくる作者の名前と作品名程度しか知らなかったけど、これなら興味ある」
「うん? そうか?」
 ハヤトが肯定してくれんのがなんか嬉しくて、にいっと笑って答えたら、だ。
「ん。オレたちと一緒」
「一緒、って?」
「リュウジとオレってこと。男同士で大好き同士の話じゃん」
「え……えっ? そう、なのか? これってそんな話か? 俺、よく知らねえけど」
 ぎくっとしてハヤトの手許を覗いたら、うわあ、って感じになってくる。
 エロいのを見せようとしてる漫画じゃないはずだから、あからさまな絵はなさそうなんだけど、確かにそんな展開っぽいな。
 何か言葉を繋ぎにくくなってる俺にハヤトが言った。
「江戸時代から人気だったはずだし、ずっと長いこと読まれていたってことは、きっと登場人物は応援したくなる人同士だったんだろうね」
「だったら、俺たちも……」
 って言いかけて、やっぱ言い継ぎにくくて曖昧に区切ったままにした俺に向けて、ハヤトはほろっと笑って大きく頷いてくれた。
 俺たちもそんな雰囲気でいられたらいいよな。
 もっとも今んとこ、誰にも知られちゃいけねえとは思うけど、それでもずっと未来まで、もっとハヤトと俺とが一緒にいるのを応援してもらえたら幸せだって思う。
「ん。そうなれるようにしよう、リュウジ」
「おう!!! 絶対、な?」
 全部言わなくても解ってくれる俺の特攻隊長がものすごく心強くて、ものすごく好きなんだな、俺は。

 隊の連中が俺に贈ってくれた誕生日プレゼントは、これでほとんど見終わった。
 かなりボリュームあって、かなりバラエティーに富んでた品々を並べたとこで、俺はかなりいい気分になっている。
「リュウジ」
「おう」
 いい気分に浸ってるとこに、さらにハヤトの声が俺を呼ぶ。それでいい気分が上乗せされたんで、応えてハヤトに視線をやった。
「こっちの袋はこれで最後」
 言って取り出したのは……さっきのアレかよ!!!
「うわ、忘れてたぜ。ってか、いらねえよ哺乳瓶!!!」
「え。そんなこと言うんだ。オレが選んだのに。リュウジはオレからのプレゼントだけ喜んでくれない?」
「って……」
 あああ、もう。これ、どうすりゃいいんだ?
 確かにハヤトがくれた誕生日プレゼントだって思えば嬉しいって思えなくもねえけど、だからっつって、こいつのとぼけっぷりにどこまで付き合えばいいんだ?

「あのな、ハヤト。確かに俺はお前にだけ『子供向け』っつったけどな? にしたって、さすがにこれはどうなんだ?」
「どうもこうも。実はこれ、リュウジに確認する前から用意してたんだよ」
 にやっと笑ってハヤトが言った。両手はまだ哺乳瓶を握ってる。
「はあ? 意味わかんねえ」
「汎用性あるかな、って。リュウジの答えが『子供向け』だったら見たまんまの意味で、『大人向け』だったら裏のある意味で渡そうと思って昨日買っといた」
「……はあぁ?」
 より一層意味わかんねえ俺に、ハヤトはさっきよか妙な具合ににやっと笑ってんだ。
「だって。リュウジ、舐めたり吸ったりするの好きじゃん?」
「はあ、ってか……え、ええ、えっ!!!」
 うわあ、理解した。ハヤトが言おうとしてんの理解しちまったぜ俺は!!!
「お、お前、何だよそれは、お、おかしいだろ? そんな意味って、どうなんだよ!!!」
 ハヤトの繰り出すちょっとした裏の意味ある攻撃に、俺はいっつも翻弄されんだよな。
 でもって、慌てて大声出したりとか、頭に血が上ったりとかするのを自重できねえの。
 いい加減ハヤトもこういう俺って見飽きてるだろうとは思う。
 それでもそのたび面白そうに、更にもっと妙な意味をひそめてる感じで何か言う。
 大抵それが更に俺を妙に煽るってのもわかってんだけど。
 今日の『更に何か』の台詞はこんなんだった。
「あ。間違えた。リュウジはどっちかって言ったら舐められるほうが好きだったっけ?」
 ……どう切り返していいんだか解んねえよ。もういいわ、俺は一生餓鬼扱いで。


《戻ル》 * 《進ム》


【目次ヘ戻ル】

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