大人っつーか、餓鬼っつーか 《2》





 まるっきり嵐みたいな喧騒だった。
 隊の奴らはひとりずつ俺に声を掛けると単車に跨って、順々に河川敷から散っていく。
 ひとり去ってくごとに袋はどんどんふくらんでった。
 あらかたの連中が土手の上に移動し終えた頃、ノブオがえへへ、と笑いながら近づいてきた。
「はいっ、兄貴。おめでとうございまーっス。オレからはコレで」
 ノブオの『コレ』ってのが袋に入ったら重みがずしっと手に来た。大きくはなかったが、なんかそれなりの重量のあるものなんだろう。
「兄貴、コレね。オレなりに一生懸命選んだっス。兄貴に喜んでもらえそうな大人向けのやつっスからね」
 笑ってるのを保ったままでノブオが言った。
「うん? 大人向けって……お前、ああ、なるほどな。そういうことだったのか」
 ノブオの言葉でようやく知った。
 ここんとこ何日か、連中に何度も訊かれたことの意味を。
「そうっスよー。ね、ダイゴさん?」
「押忍」
「つーか、何でそんなこと確認されてたんだ? 俺は」
 ダイゴを見上げたところで、返ってきたのはこうだった。
「いや、誕生日を迎えたところでリュウジも一歩大人に近づくな、と言ったらハヤトが笑ったので。リュウジはまだまだそんな感じではない、と」
「ええっ!!! 何だよそれは、ハヤト!!!」
「あはは。まあまあ」
 瞬発的に大声出して隣を見たら、曖昧な笑いが洩れただけだった。
「あ、もちろんオレはダイゴさんに賛成っスよ、兄貴」
 続けたのはノブオだった。
「んで、みんなに協力してもらって兄貴に趣味を確かめようってことになったんっス。そしたら、ね? 兄貴ってばやっぱり大人じゃないっスか。みんなにそう答えたんでしょ? オレもう、より一層兄貴を尊敬しちゃってもう大変っスよ!!」

「ああ、確かにな」
 ノブオにだってダイゴにだって、他の連中にもそう答えたぜ、俺は。とか納得してたらハヤトが口を挟んでくる。
「ふうん。リュウジ、みんなにそう答えたんだ?」
「何だよ、悪いかよ?」
「悪くないけど。でもオレには違うほう、言ったじゃん」
 あああ、そうだよ、そうだった!!! 俺、こいつにだけ『子供向け』とか言った、んだった……な。
「ほう」
「ええっ?」
 あー、もう。ダイゴもノブオも変な声出すし!!!
「う……え、ええ、っと、いや、別に深い意味ねえって。な? わはははは」
 とか笑って空気を変えようとした俺に追い打ちかけるのはやっぱりハヤトだった。
「ってことで、オレからはこれ。リュウジに誕生日プレゼント。はい、どうぞ」
 差し出されて、咄嗟に受け取ったハヤトからのプレゼントってのは……。
 包装紙どころかビニールの袋にさえ入っていない、剥き出しのままのそれ、ってのは。
「って、おい、ハヤト!!! 何だよこれは、哺乳瓶って!!!」
「うははははは!!」
「というか、ハヤト――これは」
 俺が叫んだのにつられてこっちを見たノブオは声をあげて笑ってて、ダイゴは珍しくぷっと吹き出していた。

 でもって、当のハヤトはにやにや笑ってやがる。
「気に入った?」
「いや、気に入るとか何とかじゃねえだろうが!!! いい加減おかしいだろ? そもそも子供向け通り越して乳児向けじゃねえかよ!!!」
 こうなると当然、俺のとるべき行動は決まってくるよな? 当然、だよな?
「あはは。そんな怒ること、な……って、うわ、リュウジ本気? ちょっと、殴るな、って、痛いから!! ダイゴ、助けて!!」
 ほんの軽く一発を見舞ってやっただけでハヤトはダイゴの背中に助けを求めてやがる。
「ダイゴ、ちょっとどいてろ。せめてもう一発くれてやらねえと気が済まねえから」
 言ったところで無駄ってのも解ってんだけどな。
「まあまあ。よいではないか」
「兄貴、ここはひとつ穏便にぃぃぃ!!」
 ダイゴはでっかい背中にハヤトをかくまってるし、ノブオは俺に抱きつく勢いで拳を外から握ってくるし。
 ある意味いつも通りって感じではある。
 結局のとこ、俺はあんま成長してねえんだな。
 いっこ歳とっても、ハヤトにはこんなしてやられるってことなのか……。
 自嘲気味に思ったところでとどめが来た。ダイゴの背中からちらっと顔を出したハヤトがこう言った。
「リュウジ、ごめん。今度ミルク入れてあげるから許して?」
 ……二発目喰らわしたけど、絶対俺は悪くねえと思う。
 
 わいのわいのと騒いだところで、最後は俺も何だか笑えてきたとこでノブオが言った。
「んじゃ、オレはこのへんで。あっちでタメの奴ら待ってますんで」
「おう!!! 今日はありがとな、ノブオ」
「とんでもないっス。オレもお祝いできて最高でした。そいじゃお先に失礼しまーっス!!」
 ぺこっと頭を下げてから、ノブオは愛車を駆って土手をめがけて走ってった。
 見送ってたら砂利を踏む音が俺の一歩後ろで聞こえて、振り返ったらダイゴがひとつ頷いたとこだった。
「俺もそろそろ撤収するゆえ。あとはハヤトに任せてよいな?」
「ん、OK。ちゃんとフォローしとく」
「それでは改めて。リュウジ、おめでとう」
「こっちこそありがとな、ダイゴ。俺、すげえ嬉しかったぜ!!!」
「それは幸い。ではこれにて」
 言い残したダイゴの単車の排気音もあっという間に川岸から離れてって、そうして俺はやっとこふうっと大きく息を吐いていた。

「リュウジ」
 呼ばれて声の方を向く。
 呼ばれ慣れてる声が言う俺の名前。
 ぼんのさっき、どこまで本気でどっから冗談だかわかんねえ攻撃してきた奴が放ったとは思えない程の、心地いい声だった。
「おう、ハヤト」
 最後に残った俺らふたりがお互い名前を呼んで呼ばれるだけで、つい数分前の河川敷とは違う空気になった気がするのがちょこっと不思議だなあ、とか思う。
 たったそんだけで切り替わるんだな、空気ってのは。
 なんかやたらと気持ちが落ち着いて、なんかやたらとふたりっきりだ。
 連中と一緒にわいわいやってる時の、すっとぼけた感じとは微妙に違う雰囲気をまとったハヤトが俺の横にいる。
「やっぱりたくさんもらったな。それ、バッグちょっと貸して。半分持つから。中身あふれそうだ」
 もう連中の単車の前照灯もねえし、俺ら2台分の灯りだけなんでいい加減暗いけど、それでも解った。きっとハヤトはすげえあったかい表情してるんだ、って。その声で。
 それがすげえ嬉しくて、そのまま素直に袋をハヤトに預けた。
 ハヤトはダイゴがくれたのと同じような袋を持っていたらしい。
 ふたつの袋を砂利に下ろして、しゃがみ込んで手を動かし始めた。
 最初に袋から掴み出した、自分が俺にくれた哺乳瓶をまじまじと見てくすくす笑ってから、中身のあれこれを適当に振り分けてくれている。

 単車の前照灯が放つ明かりの中で揺れるハヤトの髪を見てた。
 そしたらそれに気がついたのか、くいっと角度が変わってハヤトの顔が俺を向く。
「ん? 何?」
「あ、ああ……いや、その」
 ただ馬鹿みたく嬉しくって、ただ馬鹿みたく単に見てただけっつーのもやっぱ言いにくくて濁した。
 そしたら立ち上がって、俺の目の前5pに来てたハヤトの顔。
 でもって、腰んとこにはハヤトの腕。
 特攻服をはだけさせた胸と胸の間は辛うじて2pの距離だ。
 どきっとしながらハヤトの首に回した腕にぎゅっと力を入れていた。
 上向いた顎に吸い寄せられるみたくして、唇同士はたった1oだって離れてたくねえって感じで重なってく。
 キスの最中、聞こえてくる。
 耳で聞いたのか口ん中で振動感じたのかよくわかんねえけど、確かにもらった。
「リュウジ。すごく好き」
 って。
 すげえすげえ嬉しすぎて、もっともっとキスしたすぎて、もっともっと色々したくもなってきて、すげえすげえ……困る、んだけど。俺。
 
「それじゃ、行こうか」
 長くはないけど、静かにゆったり俺をいい気分にさせてくれてから、ハヤトが促した。
「おう」
 頷いてハヤトの単車に続くことにする。
 集会が終わって解散した後、総隊長の仕事を終えたら俺は導かれる立場に落ち着いてもいいんだってハヤトの背中が言っていた。
 連中を従えて、隊の自尊心を持って先頭走ってるのとは全然違う気持ちになる。
 誰にも言わねえけど、総隊長って看板を下ろしてる時だって俺にもあったりするし。
 そういう俺を見せるのって、こいつだけだし。
 隊の奴らに対してそれなりにかちっと堅い態度を取れるのは、きっと気分抜くとこ抜けてるおかげだ。
 言い換えればハヤトのおかげってことに他ならない。
 そんなの連中は知ったことじゃねえけど、でもそれでいいだろ。
 ハヤトだけが知っててくれればいいって思う。
 虚勢張らずに、背伸びだとかもしねえでいいって相手が目の前にいるってだけで、普段の俺は総隊長然としていられる。
 ああ、そうか。そうなんだよな。
 俺がこうして体面保てるのって、やっぱハヤトのお陰なんだな。
 今更そんなことを考えながら単車を走らせた先は、俺を導く特攻隊長の家だった。

 寝静まってるご近所に気を遣いながら辿り着いて、ガレージに単車を駐めて玄関を開けてもらう。
 こっちもこっちで寝静まってる家ん中にも充分気をつけて、足音を忍ばせて階段を上がった先のハヤトの部屋に落ち着いた。
「リュウジ、おつかれ」
「おう。ハヤトもな」
 時々は俺の部屋で、どっちかって言うとハヤトの部屋でのことのが多いけど、こうしていつも通りの言葉を掛け合う。最近ではこのやりとりで『これで集会が終わった』っていう気分になれるようになっていた。
 言い合った後に立ったまんまでそうっと触れるだけのキスをする。
 でもって、顔が離れてからハヤトがくれる笑顔を確かめて、俺からもそう見えるような表情をハヤトに向ける――ここまでがワンセットの集会完了の合図の流れだ。
 これまで何度もこうしてきたけど、こうするたびに毎回いっつも幸せだな、って思う。
 俺、本当にハヤトが好きでたまんねえんだな、とか。
 こんなちょっとしたことでそう思えるんだから俺も大概おめでたいっつーか何ってか。
「それじゃ、あらためて」
 ハヤトの声があえて響きをひそめて、俺の鼻先をこそっとくすぐる。
「誕生日おめでとう。リュウジ」
「おう。ハヤト、ありがとな」
 ハヤトの言葉が胸にじわっと暖かい。それが伝わって、だんだん全身じわじわ嬉しい。
「んじゃ、今日だけいいよな?」
「ん? 何が?」
「俺がどんだけおめでたい奴だって、今日はそれで許されるってことだよな?」
「……え?」
 直前まで俺が何を思ってたかなんて知らねえハヤトが訝る顔をした。
 説明すんのも面倒だったんで、もっかい俺から顔をを近づけていく。
 大概おめでたい奴がおめでとうって言ってもらえんだから、甘えさせてもらっとく。
 欲しくてねだるといつでもくれるキスを。
 俺が欲しいのを、いつだってハヤトが。
 
 触れるだけよかもうちょっとだけ深いキスをしてくれたあと、ハヤトは俺に向けてにまっと笑う。
「で、リュウジ。みんなからどんなのもらった? プレゼント」
「ああ、どんなんだろな。さっきは場所が場所だし、暗かったんでよくわかんねえけど」
「そうか」
 ハヤトの視線は俺が部屋まで持って上がってきた、ダイゴが用意してくれた袋に移った。それと交互に、最後に自分が分けて持ってくれたほうの袋にも。
「なあ、ハヤト。今、奴らからもらったの、いっこっつ見てみていいか?」
「ん、いいんじゃない? オレも興味あるし」
「だよな!!! そしたら開けてみっか」
 顔を見合わせてにやっと笑いあってから座って、俺らの真ん中に袋を下ろしてさっそく中に手を入れた。
 いっこずつ取り出して、順に並べてくことにする。
 品々は、連中がそれぞれ選んでくれた俺への『大人向け』の贈り物らしい。


《戻ル》 * 《進ム》


【目次ヘ戻ル】

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