大人っつーか、餓鬼っつーか 《1》





 今週に入ってから、どういうわけだか似たようなことばかり質問されていた。
 商店街で出くわした奴も、うちの店にラーメン食いに来てくれた奴も、隣町の本屋まで遠征した時にばったり会った奴も。
 確認なんだけど集会って今週の金曜の晩だよな?――だとか、電話して来た奴も。
 挨拶やら無駄話やら何やらの後、最後の最後にこう訊いてくる。
 同期の奴らは『リュウジは大人向けと子供向けだったら、どっちを選ぶ?』と。
 後輩共は『リュウジさんは大人向けと子供向け、どっちが好みっスか?』って。
 何だかわかんねえけど、そういうのって隊の中で流行ってんのか?
 心理テストとか、そういう何かなのか?
 俺が知らねえだけなのか?
 もしかして、どっちか答えたらマズい方とかあんじゃねえのか……?
 最初に訊かれた時に、意味わかんねえまま「どっちかっつったら大人向けか?」って答えた。カレーだったら辛口派だしな、とか頭に浮かんだから深く考えないノリで言った。
 次ん時には、最初に言ったのを曲げたくなくて「んじゃ、大人向けで」とした。
 さらにその次あたりで何かおかしいんじゃねえかと気がついた。それでも引っ込みつかなくって、前の2回と同じことを言っといた。
 4人目に訊いて来た1年の、ノブオと仲のいい奴には「なあ、なんでそんなこと訊くんだ?」って尋ねてみたけど、『いやぁ、それは秘密なんス。すんません。で、どっちスか?』――こんな調子だった。まあ、どっちかって問われたとこでその前の連中のと同じことを答えるしかなかったんだが。

 当然、身近な連中にも同じ質問を投げられた。
 実は2回目の問いがダイゴからのものだった。
 俺がハヤトんちに遊びに行った日に、たまたま単車のウインカーの電球を交換しに来たダイゴと鉢合わせになったんだった。んで、そん時に訊かれて、答えた。
 ダイゴは表情変えずに「成る程。解った」って言った。
 今になって思い返してみたら、居合わせたハヤトに目配せしてた気がする。
 ノブオからの質問は、全体からすると真ん中あたりのことだったか。
 そん時にはいくら俺でもとっくに妙だって思ってて、そんでも誰に訊いても質問の内容がどういう意味なんだか、はぐらかされてんだか何だかちっとも理解できねえし、それにその日だけで3度目の同じ質問だったからいい加減いらいらしてたってのもあって、「だからそりゃ何だってんだよ!!!」とかって、うっかり怒鳴った覚えがある。
 それでもノブオもやっぱり誤魔化すみたく、えへへ、って笑って、回答だけを欲しがった。だから仕方なく、他の面子にしたのと同じ言葉を返しておいた。

 でもって、ハヤトからのは今日になってからだった。
 訊いてくるうちの何人かが、確認がてらに出してた今日って日。
 隊の面子の全員に声掛けしてる、全体集会の日が今日だ。
 昼間はハヤトも俺も家の手伝いってことになってるのはお互い知ってた。
 んで、多分ハヤトは狙って電話して来たんだろう。
 昇龍軒の昼の営業が終わって、賄いを食ってそれの片付けまで終えたところで携帯が鳴った。
「おう、ハヤト。どうした?」
『ん。ちょうど店が落ち着いたころかと思って。ちょっとね。リュウジの声聞きたくて』
「って、何言ってんだよ……」
『あれ。照れた?』
「ば、馬っ鹿野郎!!! 何で俺が照れる必要あんだよ!!!」
『あはは。リュウジ、声、大きいよ』
「うるせえ、っての。もう」
 あああ、ちきしょう。何か腹立つじゃねえかよ。
 こっちの気持ちなんて丸わかりってハヤトの口調に異を唱えたいものの、核心突かれてるもんで強く出にくかったりする。嘘は吐きたくねえからな。
 だから別段否定するわけでもなく、やっぱ悔しいから肯定してやるつもりも一切ないから努めて普通の声を出す。
「で? 本当に用事ってわけじゃねえのか?」
『ああ。用事っていうかリュウジにちょっと訊きたいことがあっただけ』
「何だよ、改まって」
『あのさ。大人向けと子供向け、どっちがいい?』

 ぎくっ、とした。
 何となくだけど、ぎくっ、と。
 今週だけで幾度となく訊かれた質問をハヤトが俺にしてきてる。
 いや、ぎくっとしてる場合じゃねえのか。むしろこれはチャンスなのか?
 だってハヤトだったら言ってくれそうじゃねえ? 連中は揃ってはぐらかしたけど、その問いの本当の意味とか。
「おい、ハヤト。俺、ここんとこ何日かでその質問、すげえいろんな奴にされたぜ? それって占いか何かなのか?」
『あはは。そんなんじゃない。ただ単に、みんなそれぞれリュウジに確認したかっただけじゃないかな』
「いや、だから。何で俺にそんなん確認すんだって話だぜ。それにどんな意味があんだか、俺ちっとも解んねえんだけど」
『まあまあ。別にわかんなくてもいいと思う。ただ単に、リュウジのことを知りたがってるってだけだよ。みんな、リュウジを尊敬してたり好きだったりするってこと。そう考えといたらOKだから』
「お、おう……そういうもんか?」
『ん。そういうもん』
 結局のところ、ハヤトの口から連中の真意を知ることは出来そうになかった。
 けど、それでもいいかな、って思う。
 ハヤトの口調が諭すみたく柔かで、宥める雰囲気だったからだ。
 たったそんだけに落ち着かされてる俺ってのもどうなんだろう、って気持ちもある。
 けど、自分で感じたことを否定すんのも主義じゃねえし、その上ハヤトのことを肯定してねえって気さえするし。

 それ以上訊き返すのを断念した俺に対して、ハヤトは重ねて言ってくる。
『それで? どっちを選ぶ? リュウジは大人向け? 子供向け?』
 あ……何か今、すげえわかったぜ?
 ハヤト、電話の向こうですげえにやっとしてんだろ。
 これまで同じこと訊いてきた奴らと明らかに違う顔してんだろ?
 俺らの――ハヤトと俺のこれまでの、隊の連中が知らないアレコレのことだとか、そういうのを絡めてんじゃねえのか、こいつは!!!
 警戒だ、警戒。
 ここで連中にしたのと同じ答えを持ってったら次に何言われるか解んねえ。よ、な?
 ……って思ったら、当然答えはこれしかねえ。
「ええっと、子供向けの方で、ここはひとつ!!!」
 頼み込む勢いでそう言った。
 笑い飛ばされたり否定されたり、逆に問い詰められたりすんじゃねえかっても思ったけど思い過ごしだったらしい。
『ん、そっちね。了解。それじゃリュウジ、夜にまた』
「お、おう、後でな」

 ハヤトとの電話はそれで終了だった。
 話の最後はいくらか拍子抜けって具合だったけど、ハヤトは俺の答えには何も口出ししなかった。
 今のは一体何だったんだ、って疑問もあるけれど、電話を終えた後もしばらく、ちょっとだけどきどきしてた。
 おかしな意味の警戒はいらなかったんだと、通話の切れた携帯の画面を眺めながら思う。
 それでも他の仲間にしたのと違う方の回答を、ハヤトだけにした。
 それで良かった……んだよな?
 きっとハヤトだけは解ってくれるはずだ。
 隊を束ねる責任感だとか自負だとか、自尊心だったりとかも当然あるけど、時として誰かに頼りたいって思いもあるから餓鬼だって自覚もある。
 仲間連中には言えねえけど、今の俺は、隊のことから一歩退いたら完璧ハヤトを頼ってる。ってあたりが、ハヤトに向けてだけは俺が餓鬼だってことに他ならない。
 そういうの全部ハヤトが隣で見ててくれてるから、俺は他の連中に対しては、大人びてって言うか先に立つ者めいてって言うか、そういう立場で自然に振る舞えるんじゃねえか。
 でもって、誰かに甘えたいって思った時にはハヤトが甘やかしてくれてるし。
 個人的なことだから誰にも知られたりしねえけど、それでもハヤトは俺を甘えさせてくれてんだし。
 だから俺は、ハヤトが隣にいてくれさえすれば、不自然に背伸びしないでいられるんだよな。
 ってことは、これでいいんじゃねえか。
 俺は、ハヤトに対してだけは餓鬼ぽくしてていいってことだよな? だって、ハヤトはそういう俺を許してくれてるし、な?
 なんて言い訳をひっそりと胸の裡で呟いていた。


 そんなこんなで迎えた夜だ。
 河川敷集合は23時。いつもだったらなんぼかいる、遅れて来る奴も今日はいなかったんですっきりスタートを切ることが出来た。
 今宵の集会はかなり気合い入ってた。
 隊の仲間を連れて国道を流してる最中に、俺らと同じく集団で走ってた暗黒一家の連中と行き当たって対決が勃発した。
 ハヤトに任せた単車勝負は、熾烈な争いの末に向こうのハンゾウとほぼ同着で、決着は俺とコウヘイの闘いに託された形になる。
 こっちもこっちで激闘で、終始心拍数が上がりっぱなしの勝負だった。
 まるで畏怖する存在に憑依されているような、後押しされているような錯覚がある中でのラストスパートは、いつにも増して恍惚感があった。
 脳内にイメージしてた通りの結果になった。
 追い縋るコウヘイを振り切って、俺のマシンの前輪はゴールラインを越えている。
 見守る者どもの判定を待つまでもなく、はっきり体感できる勝利を得た。
 やたらと嬉しかった。
 いつもみたくぎりぎりの競った勝負も全身総毛立つみたくて興奮するけど、今夜は俺の圧勝って感じだったし、何より仲間連中がものすごい勢いで祝福してくれたからだ。
 同期の奴らはみんな肩を叩いて一声かけてくれたし、一歩下がって取り巻いている1年どもは歓声だの拍手だので讃えてくれてたし。
 だからすげえ嬉しかった。

 勢いそのままにもっかい軽くそこらを流して、そろそろ上がるかってことで集合地点の河川敷に戻ったのは深夜3時を越えたとこだった。
 いつもと同じく俺から一言挨拶して解散だ。
「おしっ、今日も盛り上がったな!!! んじゃ今日はここまでってことで。お前ら、次んときもがっちり気合い入れてこうぜ!!!」
「おおう!!」
「ばっち気合い入れてこーぜ!」
「当然っす」
 言ったら連中が口々に返してくれる。それが俺を持ち上げてく。
「よっしゃ!!! お前ら声出せよ!!! 鬼浜爆走紅蓮隊、夜露死苦ゥ!!!」
「夜露死苦ぅ!!」
「夜露死苦ーっっ」
「夜露死苦!!」
 唱和の後に、うわあああ、って声が自然に上がって来てる河川敷は、いつもの感じよりか熱い気がした。
 時期的にはそろそろ春だけど、数日おきに寒暖を繰り返す日々の中でここだけものすごく、夏よかもっと暑いってか熱い。
 ああ、やっぱいいよな。集会って格別だな。
 とか思ってた。
 
 今日に限っていつもと違う雰囲気を連中が醸してるって気がついたのは、感慨に浸り終えた直後だった。
 いつもだったら俺からの夜露死苦コールが解散の合図ってことになってる。
 だから、わあわあやった後には三々五々って具合で連中は好き勝手に散って行くわけなんだが、今日は違った。
 奴ら全員の視線が俺に据えられているのを感じた。
 一体何だ? どうかしたのか? とか思ってるとこにダイゴの声が届く。
 俺のすぐ横にいたダイゴが一歩前に出てからこう言った。
「まずは俺からでよかろうか」
「うん?」
 疑問符を投げてみたものの、ダイゴの言葉は俺向けではなかったらしいと直後に知った。
「いいよー」
「おっけ、おっけ!!」
「頼みます、ダイゴさん」
 それらの応えを承けて、ダイゴが動く。
 俺の横から目の前に移動して来て、特攻服の内側に手をやった。抜き出されたその手が何かを掴んだ状態で、俺の前に差し出された。
 反射的に受け取ったのは、折りたたんだ布地だった。これ何だ? と思ったところでダイゴが言う。
「押忍。ではひとまず俺からはこれで。恐らく連中から色々あるのだろうし。それを持って帰るのに使ってもらえれば幸い」
「うん? ダイゴ、どういう――」
 意味だ? と訊こうとしたところで、一旦受け取った布地をダイゴにさらわれる。
 手許を見てたらそれが広げれられていた。その状態で改めて渡された。

 ダイゴが俺にくれたのは、薄手のナイロン製の手提げだった。いわゆるエコバッグ的なやつだと思われる。サイズとしてはかなりでかい。俺の左手に持たす前にダイゴの手が伸びて、ポケットから出したらしい何かの箱を袋に滑り込ませていた。
 これがどうした? って思って、見上げたところでダイゴの視線が降りてくる。
 仲間連中の単車が放つ前照灯の光を頼りに見るダイゴの顔は、いつもと同じく細めた視線の中に優しさと強さが共存している、誰をも安心されてくれるダイゴ独特のものだ。
 その独特が俺を真っ直ぐに見てこう言った。
「リュウジ。誕生日おめでとう」
「ええっ?」
 いきなり言われてダイゴに訊き返したんだが、俺の声は即座に掻き消されている。
「おめでとー、リュウジ」
「リュウジさん、おめでとっす」
「総隊長、祝福させていただきます」
「いよっ、誕生日ー!!」
「兄貴にカンパーイ!」
 どやどやそこらで起こる声。
 声と一緒にわらわらと俺に差し出される連中の手。
 口々に祝ってくれて、手に手に何かをダイゴのくれた袋に突っ込んでって、用の済んだ空の右手をもっかい俺の前に差し出すのに握手を返してった。
 ああ、そうか。
 今日って俺、誕生日だったのか。
 そういやそうだな。集会の日ってことしか頭になくて、そんなんすっぽり抜けてたぜ。
 途中で気がついて声を張った。
「おう!!! ありがとな!!!」
 そう返したら連中みんな俺にいい顔見せてくれてた。


《進ム》


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